11月1日〜11月15日
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★11月1日
いよいよ11月か! といっても今、実は10月31日の午前9時半。書けるときに書いておきたい。
というのも、今朝デイサービスに送り出す直前に和ちゃんを叱ってしまった。和ちゃんがオレの指示通りに動かないからだ。まあ、アルツハイマーだから当然なのだろうけど、
「OK!!」
と元気良く返事しておきながら、何度も間違いを繰り返されると腹が立ってきてしまう。そして爆発。
「なんしょんならアホか? ちゃんとワシの言うたようにすりゃあえんじゃ。自分で考えようとするな。自分でなんもできんくせに」
和ちゃんの目に涙が浮かび、机にうずくまって泣き出した。
こうなるとお手上げ。玄関からデイサービスの鹿村さんの声が聞こえる。和ちゃんは泣くのをこらえて家から出ていく。自己嫌悪。やるせなさ。自分の忍耐のなさに情けなくもなる。
午前9時20分。デイサービスに電話を入れた。電話を受けたスタッフの谷口さんの側で、和ちゃんの元気な声が聞こえる。ちょっと安心。和ちゃんを電話口に呼んでもらう。
「もしもし」
「和ちゃん? なんか今朝、叱られたんじゃて? あいつは今帰って行ったけど、ワシからキッチリ怒鳴り上げたったから心配すなよ。『和ちゃんをサポートするのがワシ等の仕事で。オメーみてえなのは、もう来るなクソアホウ』ゆうて言うたら泣いて帰ったで」
「可哀相なことしたなあ。それでも、あんたは私が帰ったときにおるんじゃろ?」
「当分、ずーーとワシが和ちゃんのお守りじゃ」
「良かった」
「ウンコ出た?」
「まだまだこれから」
和ちゃんに谷口さんと代わってもらい、ヨロシクとお願いして一段落。
しかし、和ちゃんの頭の中で、“オレ”と“オレもどき”はいったい何人いるのだろう? 以前は3人だったけど。
 ただなあ、いくら寒くなったからとはいえ、ジャージのズボン3枚着られたら困る。最初は2枚で、脱ぐように言ったら、新たに1枚多く着ていたのだから。薄いタイツも着せてあるのに。もっとも、これだけで爆発したのではないけど。
1日一日が勝負だなあ!!

 ★11月2日
今日から炬燵をだした。今、和ちゃんは同じ炬燵の斜め隣でテレビを見ている。
しかし、特別に意識したわけではなかったけれど、10月中は一滴もアルコールを口にしなかった。というのも、アルコールを口にすると、例えば缶ビール350CC一缶にしても飲んでしまうと気持ちよくなる反面、身体は少々かったるくなり、そんな時に和ちゃんが変なことをすると怒りっぽくなるからだ。
とりあえずこのまま、飲酒は避けておこう。
今日は午前中、雨だった。今午後1時。日差しがでてきたので、2時から和ちゃんとコープへ買い物に行こうっと。

★11月3日
♪轟くつつ音、飛び来る弾丸、荒波洗うデッキの上に♪
♪杉野はいずや?♪
和ちゃんとコープからの帰路、和ちゃんが口ずさんでいた軍歌。帰路にはスムーズに歌詞が飛び出していたのだけれど、今、炬燵を囲んでインタビューしている時点では、途切れ途切れでしか思い出さない。痴呆のお年寄りが軍歌を口ずさむということは一般的に多いと認知しているけれど、この歌詞の軍歌を耳にするのはオレも初めてで、興味があるので和ちゃんに質問してみた次第。
和ちゃんの説明では、題名はハッキリしないが“広瀬中佐”ではないか? そして内容はといえば、広瀬中佐の乗艦している戦艦が沈みかけている最中、広瀬中佐の部下である杉野氏を一生懸命探すというストーリーらしく、この軍歌に和ちゃんの思い入れが強く、これを口ずさむ度に涙が出るとのこと。
しかしなあ、和ちゃんが軍歌を口ずさんでいたことなど以前にはなかったのに?
この軍歌を和ちゃんと一緒に口ずさんでコープを往復することが、オレの宿題となった。図書館で探すかな? この軍歌、デイサービスのスタッフの皆さんが他のお年寄りに聞いてくれたらしいけど、誰も知らないとのこと。
午後8時45分。和ちゃんは、口をポッカリと開いて熟睡中。
お母さん、か!!

★11月4日
今日は、今シーズン最強の寒さとか?
午後12時31分、西大寺発の赤穂線で岡山に向かう。和ちゃんがJRに乗ったのは今年初めて。1年以上は乗車してないはず。
1時。新幹線改札口で蜂谷師匠と予定通り落ち合う。今日の遠足を撮影してもらうためだ。その足で新幹線乗り場へ。和ちゃんに“500系のぞみ”を見せる。西風がスコブル強く、和ちゃんは吹き飛ばされそうになる。
次に、岡山駅地下街にあるスターバックカフェへ。ちょうど3人分の席があり、通行人を見ながらカフェラッテを3人で飲む。
そして、岡山市中心部を走るチンチン電車。もとい。MOMOとネーミングされた未来型市内電車? に乗り込む。和ちゃんに疲れの様子はない。
柳川交差点で下車し、岡山県では最高層ビルのNTTクレドビルまで歩く。21階まで上がり、岡山市街を展望。そして、岡山天満屋から西大寺までバスで帰って来た。
蜂谷師匠にはいつもすばらしい写真を撮ってもらっており、和ちゃんとの思い出が増えていく。写真を見て、涙したなんていうことは蜂谷師匠に和ちゃんの写真を撮ってもらって初めて経験した。
今、午後5時。和ちゃんは、ゴソゴソと自分の服を整理しながらも散らかしている。
蜂谷師匠の写真の出来上がりが楽しみだ。

★11月5日
和ちゃん、元気にデイサービスに出発。デイサービス出発直前に勃発する意味不明(和ちゃんには意味があるのだろうけど)な行動もなくオレが瞬間湯沸かし器になることもなかった。
さて、やはり昨夜はお疲れの様子。8時頃からウトウトが始まり、数分後には熟睡。オレは10時から眠り始めたのだけれど、午前4時頃まで和ちゃんがトイレに行った様子がない。単純に計算しても8時間トイレに行ってないので心配になり、和ちゃんに声をかける。
「和ちゃん? 和ちゃん?」
「ふーーん?」
「和ちゃん、トイレ行ったほうがええんじゃねんか?」
「ちょっと前に行ったよ。あんた、よう眠っとったが!」
事実かなあ? まあ、お漏らししていないのならOK。しかし、昨日はすごく楽しかったらしく、不思議なことに、和ちゃんがウトウトする前に岡山への遠足でどこへ行ったかを聞いても、“新幹線”とかの固有名詞は発せられないまでも、ほとんど記憶の中にあった。
もっとも今朝起床して
「昨日、一緒にいてくれた人は帰られたん?」
とのことだったけれど。

★11月6日
コープで買い物中、和ちゃんが久々に一人の知り合いと会った。オレも知っている人で、5分ほど立ち話をした。正直に和ちゃんがアルツハイマーであることを告げる。告げておかないと、やはり失礼に思われることがあるからだ。とはいえ、5分程度ならなんとか会話は成立する。
いつも通り、買い物後にコーヒーを飲む。
「和ちゃん、さっきの人は誰か覚えとん?」
「ウーン? ハッキリとはなあ? 誰?」
「和ちゃんが働きょったところの近所の人じゃが」
「ほんま? せえでも、なんか知らんけど皆、あんたを私の息子と勘違いしとんじゃなあ」
最近は、デイサービスでもオレは“和子さんところのおにいさん”と呼ばれている、と和ちゃんから報告を受けている。ホントかな?
今日、長さ15センチぐらいの巨大ウンコが出たと報告あり。フフッ!! 笑わせてくれる。
ところで、和ちゃんが昨日、興味深いことを言った。
「昨日の写真の出来上がりが楽しみじゃなあ!」
蜂谷さんに撮ってもらったことを覚えていた。息子の欲目か? 最近調子がいいような気がする。

★11月7日
昨日、2年近くご無沙汰の女性から電話があった。彼女をとりあえず“南野”さんとしておく。南野さんは岡山市内にあった元訪問看護ステーションの所長で、今は別の地で働いている。その南野さんがデイサービスセンターを新たに立ち上げたいということで、いい所を知らないか? という問い合わせだった。
以前、二人で一緒に飲みに行ったことも何度かあり、なんとか協力したいので何人かに問い合わせた。立ち上げの場所はあるていど指定範囲があるのでなかなか難しそう。
ただ、こうやって頼ってきてくれるのはなんだか嬉しい。敬老の日に新聞掲載されたことでも話が弾み、微力ながら明日からも知り合いに問い合わせてみたい。
ところで和ちゃんは今、炬燵でいつも通りに爆睡中。口をポッカリ開け、なにやら唸り声を時々あげる。今一番の悩みはおカネを一銭も持たせてもらってないことだそうだ。
年末・年始は出費がかさむからと言う。今月が11月であることも理解していないのに。もっとも、寒くなってきたから季節感でそんな言動になるのだろうか?
“アルツハイマー研究”
のんびりと客観視できると、けっこう楽しい。
でもね......そんなことは、ありっこない。
和ちゃんの寝顔を見ながら、微笑んでいられる日がいつまでも続くといいのになあ。

★11月8日
しかし、昨夜の和ちゃんの眠りは凄かった。午後8時前には炬燵に潜り込んで、眠る意志はないらしいのだけれど、足下が暖かいとウトウトしてしまうのだろう。そして本格的な眠りへ。
オレはテレビを見て、もちろん同じ炬燵に入っており蛍光灯はピカピカ。そして1時間読書をして布団を敷いて眠りだしたのが午後10時半。
午後3時半。小便に起きたのだけれど、和ちゃんは爆睡進行形。悪いなかなあ? と思ったりもしたけど、和ちゃんに声をかけてみる。
「和ちゃん?」
目を開けた。
「和ちゃん、オシッコ大丈夫か?」
「フーーン? 行こうか」
和ちゃんは身体を起こしてトイレに向かったのだけれど、8時間近くトイレに行かなかったことになる。夏場、何度も起こされて腹が立ったのがウソのようで、寝小便でもしているのでは? と不安になってしまう。
やはり安心感があるのだろう。それと、雨が降らない限り、日に一度は買い物なり外出は必ずするし。

★11月9日
和ちゃんの歌っていた軍歌が分かった。
県立図書館で軍歌について探すと“日本軍歌全集”というのがあり、題名はやはり広瀬中佐。文部省唱歌となっている。大正元年十二月尋常小学唱歌四とも記されている。和ちゃんは間違ってなかった。

広瀬中佐

轟く筒音 飛び来る弾丸
荒波洗う デッキの上に
闇を貫く 中佐の叫び
「杉野は何処 杉野は居ずや」

船内隈なく 尋ねる三度
呼べと答えず 探せど見えず
船は次第に 波間に沈み
敵弾いよいよ あたりに繁し

今はとボートに 移れる中佐
飛来る弾丸に 忽ち失せて
旅順港外 恨ぞ深き
軍神広瀬と その名残れど

★11月10日
昨日、オレが頻繁に顔を出す岡山市富田町にあるギャラリー・グロスの川本氏より、前日のイベントで残ったというワンカップと缶ビールを頂戴した。そして、約40日ぶりにワンカップを口にした。
美味かった。
断酒しているわけでも禁酒しているわけでもない。2日の日記にはそれらしきことを記しているのだけれど、自腹で買ったモノでもないし、許される範疇だと思う。特別にイライラしたわけでもないし。
でもなあ、やっぱアルコールは気持ちをホンワカさせてくれるなあ!
デイサービスから帰宅したばかりの和ちゃんを誘って、西大寺図書館に本を返しに行った。我が家から約700メートル? ついでに吉井川も観て帰宅。しかし、和ちゃんは元気そのものだ。しっかり歩ける。
最近、和ちゃんの笑顔を見るとオレの心までホンワカしてくる。
しっかり食べて、しっかりウンコを出して、しっかり眠って、しっかり日々笑って欲しい。
ところで、唯一アルツハイマー病に効くと評されている薬「アリセプト」についてヤフーで検索してみると約1700件ヒット。あまりに多いのでトップにあるのをクリックすると“アリセプト開発の意義”として以下の文面。

●●「アリセプト」は96年11月、軽度・中等度のアルツハイマー型痴呆治療薬としてアメリカ食品医薬品局(FDA)から新薬の承認を受け、97年1月に米国での販売が開始されました。発売後、患者さまや介護をする家族の方々から、記憶障害の改善や、日常の生活が送られるようになったという報告が多く寄せられ、医療従事者からも画期的な医薬品として高い評価を受けています。
「アリセプト」は97年4月に英国、同年10月にドイツ、98年3月にフランスで発売を開始し、99年9月末現在、世界41カ国で販売されています。さらに、日本では99年11月発売を開始。01年11月現在世界51カ国で発売、今後も世界各国で発売が予定されています。
現在、製薬業界は大きな変革の時代を目前にして、各製薬メーカーは世界に通用する新薬を生み出す「グローバルな研究開発型の製薬企業」をめざしています。「アリセプト」は、こうした時代の到来をいち早く察知し、エーザイが初めて日米欧の三極で臨床開発を進めた国際戦略品の第1号です。つまり、その発売は世界中のアルツハイマー型痴呆で悩む人たちにとって朗報であったと同時に、「地球規模の製薬企業」をめざすエーザイにとっても、大きな転機となる出来事であったと言えます。●●

中程度、ということは和ちゃんにも効果があるのだろうか? 今度の診察の時に聞いてみよう。

★11月11日
今、11月10日、日曜日の午後3時。昨日の日記から判断して矛盾しているが、書ける時に書く。和ちゃんとオレの事情によっては、何時、書けなくなるか明日が読めないのだから。
その和ちゃんは、オレの隣でテレビの落語を聞きながら大笑いしている。落語の意味を理解して笑っているのかな? と疑問に思ったりもするけど、笑うことはいいことだ。
リラックスしている。デイサービスでは高い値の出る血圧も、朝も昼も上120台〜下70台。家での血圧値はスコブルいい。
さて今日、午前中はコープへ買い物に一緒に出た。昼食を食べ、午後12時半から百円ショップのダイソーへ散歩。散歩といっても、距離的にはコープとほぼ同様。ここで、和ちゃんの通うデイサービスの責任者である鹿村さんと遭遇。お嬢さんと買い物に来ており、数分お喋り。
この後、西大寺ふれあいセンターへ。ふれあいセンター内をウロウロしてボチボチと帰宅の途へ。風も穏やかなうえ小春日和で気持ちがいい。しかし、歩数的にはかなり歩いている。
「和ちゃん、脚は大丈夫か?」
「鍛えとるからなあ。せえでも去年1年間、寝たきりじゃったから昔のようにはいかんなあ?」
和ちゃんは、去年1年間寝たきりだったと確信している。去年はまだ、一人で買い物に行けてたのに。もっとも、オレと和ちゃんの距離は、今のように身体も心も接近していなかったけれど。
疑問?
本当に、この人が徘徊したり失禁したりすりようになるのだろうか?
一緒に笑える時に、笑っておきたい。

★11月12日
 昨日、和ちゃんが入浴時。下湯をあまりしていない様子だったので、湯船に浸かる前に和ちゃんの股間をしっかり洗った。性器もバッチリ確認。以前からチラチラとは見てはいたけど、昨日はあからさまにモロに目視してしまった。オレが出てきた所だ。
オレは介護するという範疇で、母親の性器を見るということに拒絶反応が以前からあった。
母は母であり、オンナであってもらいたくなかった。とはいえ、和ちゃんはもうじき76歳。いざ見てしまうと、特別な違和感はなかった。
「和ちゃん、恥ずかしゅうねえか?」
「そりゃあ恥ずかしいけど、お世話になっとるから『恥ずかしい』やこう言うとれんが!」
オレは以前、作家・佐江衆一氏の“老熟家族”を読んだ。その中にこんな描写がある。
まあ、オレも和ちゃんの下の世話をするようになると変わるかもしれないけど?

●●風呂の用意をしてもどると、律子は母は脚のあいだにかがみこんで、お湯で拭っている。かたわらに汚れた下ばきがまるめて置かれ、部屋じゅうに臭気がこもって息がつまりそうだ。たくし上げた寝間着まで便にまみれているので、あなた、脱がしてあげてよ、と律子がいう。
おれは素っ裸の母の下半身を見まいと肩の方に坐り、脱がしにかかる。あばらの浮きでた薄い胸にはりついている母の乳房は、しなびきった皺の袋だ。赤ん坊のおれが吸い、頬をよせた乳房だと思うと、うしろめたさばかりが襲ってきて目をそらすが、すると見まいと思うのに、母の下半身へ目がいってしまう。
妻は荒い息遣いで、毛を毟りとられた鳥のような母の尻を持ちあげ、おれにも手伝うようにいい、脚のつけ根の襞にこびりついた便をこそぎ落としている。カサカサの皮膚がそこだけわずかに盛りあがって、白毛のまじる乏しい繁みが見えた。
父が愛撫し、おれが生まれた場所。老いさらばえた母の躰をくまなく見なければいけない、目をそらしてはいけない、と自分に命じながら、そしたら視線のやり場がなく、母の頭を見るが、まばらな白髪が透けてしみの浮く地肌が一瞬まえに見た陰部のようだ。●●

★11月13日
 今、和ちゃんとコープで買い物をして帰ってきたばかり。午前11時10分。快晴で気持ちがいい。
昨日、市民病院で血圧の診察を受けた。まあまあ。やはり白衣高血圧症というのか、家で計るよりは高くなる。で、前回、血液検査をしてもらっていたのでその診断も聞く。肝臓の値が以前は少々高かったのだけれど、今回はOK。他も全く問題はなかった。
その後、友人から相談があるとのことだったので一緒に昼食。彼から“統合失調症”であることを告白される。自律神経失調症とパニック症候群を経験しているオレには他人事ではない。
皆、重荷を背負って生きている。

★11月14日
午前9時20分。風呂掃除を終えて書いている。和ちゃんは元気にデイサービスに出発した。
ところで、月曜・木曜は“燃えるゴミの日”でゴミを朝早くに収集場所に持って行くのだけれど、和ちゃんはこれを自分の仕事と自覚している。
“自分で出来ることは自分でしたい”
という意識は強く持っている。
で、透明ビニール袋を多いときは3袋持っていったりもするのだが、今朝、和ちゃんがビニール袋を確認した後、オレに問い掛けてきた。
「袋の中に大根が一本まるまる入っとるけど、あれ捨ててええん?」
実はこの大根、使うのを忘れていた大根で傷んでしまっている。それで捨てたのだけれど、こういう質問をしてくる和ちゃんに嬉しくなる。
大根と言って人参を持って来ていたりしていた和ちゃんが、大根を見て大根と言う。当たり前のことだけど、アルツハイマー中期〜後期と診察されている和ちゃんから発せられると心躍る。
悪くはなっていない。いや? とも思う。確かに算数はできないけれど、洗濯物をたたんでちゃんとほぼ同じ場所に置くようになった。
夜もゴソゴソせず、トイレに頻繁に通うことも無くなっている。寒くなったので、オレの方が尿意をもよおすことが多い。母親に対して表現は適切ではないけど、以前ほど手間がかからないのだ。
そして、和ちゃんは最近泣くことが多い。悲しいからではない。オレが入れ歯の掃除をしている時など、
「皆さんにこんなに良くしてもらって」
と感謝の気持ちから。
オレはとても複雑な心境ではあるけれど、“ありがとう”という気持ちがとても嬉しい。
アルツハイマーになって、性格的に角がとれ丸くなった和ちゃん。時々、可愛く見えてしかたない。

★11月15日
昨日のデイサービスからの報告。
●今日も火曜日にひき続きお話や散歩を中心に過ごして頂きました。
ご本人より感想のような言葉が聞かれましたら教えて下さい。●
といことで、和ちゃんに聞いた。
「キャラキャラゆうて笑うばあしょうるよ。楽しいことは楽しいけど、せえでも、おカネがもってえねえなあ」
まあ、だいたいこんなところ。ただ、デイサービス側がかなり気を使ってくれていることは確かだ。ありがたい。今朝コープに行って買い物したあと、いつもどうりコーヒーを飲んでいるときに気づいたのだけれど、爪をきれいにカットしてくれている。爪を切る行為はなかなか大変なので、これも本当にありがたい。
ところで、和ちゃんはウンコが2日でていないのでヨーグルトを食べさせた。
ビンゴ!!
今、オレの隣でテレビを見ている和ちゃんのお腹がグルグルと鳴った。

★11月16日
今さっき、和ちゃんはデイサービスに出発。もし、あまり寒くないようであるなら“紅葉狩り”に出かけるとのこと。
で、デイサービス出発前にはいつも些細なトラブルが勃発するのだけれど、今朝は和ちゃんが小さなポーチを小脇に抱えて玄関に来た。
「なんなら、それ?」
「薬が入っとんじゃ。仲良しの人が病気らしいから、これを飲んでもらおうかと思うて」
とんでもないものを渡してもらうと困るので中を確認。ポーチからでてきたのは、まず布巾に囲まれた甘栗の袋。そして袋の中は空。
「和ちゃん、なんにもないで」
「アレッ?」
オレが大笑いしたのがいけなかったのか、和ちゃんが泣きだした。そこへ、デイサービス送迎の車が停まる音。
「和ちゃん、車が来たで」
「こんなことしとられんが!」
と捨てぜりふを吐き、和ちゃんは泣き顔を忘れ靴を履きだした。
やれやれです。

★11月17日
乾燥している。オレも和ちゃんも鼻がシュンシュンしている。喉もなんだか絡む。
和ちゃんとオレは漢方の葛根湯を飲む。明日、和ちゃんはインフルエンザの予防接種を予定している。体調を壊されては困る。
テレビでは失業者率の番組をしているが、和ちゃんも失業者らしい。働けるところがあれば働く覚悟でいる。なかなか苦労が耐えない。
和ちゃんが今朝言うには、昨日、紅葉狩りでオレのお袋に会ったとのこと。
「おはようございます」
優しく声を掛けてもらって涙がでたとのこと。
今日はゆっくり、二人で東京女子マラソンでも見よう。これからコープに買い物に出陣だ。

ps
買い物から帰宅。午前11時。あまりにも透明感のある快晴。帰路、田んぼの用水路脇の小道を歩きながら空を見上げて和ちゃんが一言。
「“生きとって良かった”ゆう気がするなあ!」

★11月18日
今日は、月一回の定期診断のついでにインフルエンザの予防接種をしてきた。接種前に熱を計ると37.1度。しかし、和ちゃんにとってはこれが平熱。担当医の林先生に簡単な診察を受け、予防接種を行う。後で聞くと、かなり痛かったとのこと。ただ、林先生の優しい対応に、和ちゃんは、
「可愛い先生じゃなあ!」
と感想を漏らす。
ところでこの予防接種。2000円の実費が必要なのだけれど、病院受付でビックリ。行政が出す助成券を持参すると1000円で済むとのこと。オレは、その詳細な文面をもらい少々の腹立たしさ。
“平成14年度インフルエンザ予防接種の実施等について”
と冒頭にあり、これは確実に行政から配布されているのだろうけど、文面を読んでいくと対象者は“市民税非課税世帯に属する人”とあり、和ちゃん個人はそうなのだ。オレも稼ぎはとんでもなく少ないし、(市民税は払っているような?)これは厳しく問いたださなければならない。
オレがここで声にしたいのは、こういうシステムが存在していることを行政は市民にどのように啓発しているか? ということ。このシステムを知っていたら、和ちゃんが助成券の対象であったかどうかを問い合わせることはできた。
とにかく、なんでも申請制度の行政の手法は納得できない。
窓口は岡山市保健所保健課感染症対策係とのこと。とにもかくにも、近日中に問いただしてみよう。
で、その後はサルピスに寄る。我が家から林病院までの送迎をお願いしている在宅介護サービスの会社。所長の松平さんが不在だったのだけれど、和ちゃんは一ヶ月前に一度訪ねたことを記憶していた。松平さんは電動車椅子での生活。和ちゃんが言った。
「今日は、脚の悪い方はおられんの?」
ビックリ!!
蜂谷師匠の写真展に足を運び、天満屋地下でざるそばを食べ、バスで西大寺へ。プラッツに寄り買い物後、徒歩で帰宅。
今、和ちゃんは水戸黄門を見ている。

★11月19日
今日、和ちゃんはデイサービスに行く日だけれど、昨日インフルエンザの予防接種をしたので“念のため”を考えお休み。とはいえ体調はスコブル良く、午前にコープ、午後には西大寺ふれあいセンターまでの往復。しっかり歩いた。
余談だけど、帰路、西大寺観音境内で“さざれ石”というのを発見。これは君が代で歌われている“さざれ石の”の“さざれ石”というものであり、オレは今まで“さざれ”“石の”の2単語だと思い続けていた。意味を理解しないで歌っていたのがバレバレ。プラプラ歩くのもいい。
で、昼過ぎ、林病院で和ちゃんを担当してくれている林先生から、和ちゃんの脳のCT写真撮影(HPに貼り付ける為)についてはいつでもいいという連絡を受けた。林先生の素早い対応に感謝。
これで、当初予定していたHPの企画は全てクリアできた。蜂谷師匠と相談して写真を撮りに行こう。
和ちゃんは今、洗濯物をたたんで、オレが指定している場所にちゃんとしまった。以前は出来なかったことが、現実に出来ている。素直に嬉しい。
怒るより、誉める方がオレの血圧にも大変良い。
そうそう。和ちゃんがコーヒーを飲みながら今朝言っていた。和ちゃんは、“みかん”なら“みかん”のイメージは捉えていて、その“みかん”という単語がでてこない。そして、
「忘れとんじゃねんよ。消えてるんよ」

★11月20日
今日で丸々4日間、和ちゃんと一緒に過ごした。笑ったり泣いたり、和ちゃんの感情は豊かだ。ただ、怒ることはほとんどない。悪口を言うことはあるけれど。
明日はデイサービス。行くことに不満は言えないと言う。
ところでコープからの帰路、和ちゃんが面白いことを言った。
「あんた、アルツハイマーだけにはなったらいけんよ。私、なんでなってしもうたんじゃろ?」
“アルツハイマー”という単語を和ちゃんは思い出したり忘れたり。ただ、いろんな事ができなくなったことが情けないのだ。漢字で書けてた“野田和子”が“のだかずこ”と書くことがあたりまえになった。
とはいえ今日、コープでコーヒーを飲みながら野菜テスト(毎回、野菜の種類2個を尋ねる)をすると大根・茄子・白菜が言えた。画期的。昼食後改めて聞くと全滅。これはこれでいい。
4日間。和ちゃんとオレはシッカリ笑った。

★11月21日
和ちゃん、今朝元気にデイサービスへ出陣。今朝はトラブルもなく送ることができた。
オレは行きつけのグロスに顔を出し、カメラマンの蜂谷師匠に和ちゃんの脳のCT写真の写真を撮ってもらうよう依頼する。
その後、クレドビルで社会保険労務士のmicaさんとオムライスを食べる。女性と二人で食事をするのは久しぶり。micaさんには蜂谷師匠の作品が掲載されている来年のカレンダーをプレゼント。しっかり、オレの仕事がないか頭の片隅にでも置いてもらうようお願いする。
しかし、今は午後4時15分。15分後には和ちゃんの帰宅。ゆっくりはしてられない。昨日は入浴していないので、今日はビシバシと磨いてやらないと!!

★11月22日
今日は1時間コースで買い物に行ってきた。
まず午前9時45分に家を出る。ほぼ10時にコープに到着。コープは午前10時に開店。買い物を済ませ、コープ内の休息所でコーヒーを15分ほどかけて飲むと10時半。そして、我が町である西大寺中心部をゆっくり歩いて帰宅すると11時少し前。和ちゃんはシッカリ歩くことになる。
コーヒーを飲みながら和ちゃんに質問。野菜の種類を二つ問う。
「しろしろしろ?」
「白菜か?」
「そうそう白菜。それから“人(にん)”。やめた。えーと?」
次が出てこない。
「和ちゃん、人参か?」
「人参はいつも言うから、今日はビックリさそうと思うて別のモノを言おうとしたんじゃけど口から出んなあ」
和ちゃんも色々考えている。今日は洗髪をする日だ。

ps
来週木曜日、和ちゃんの脳のCT写真を撮ることに決定。林先生と会話はできなかったけれど、看護婦さんから木曜1時半で良いとの言質をもらった。
しかし、和ちゃんの口臭がキツイ。入れ歯を外させて嗅いでみるとガビーン。入れ歯消臭を買ってこないとダメだ。毎晩夕食後に磨いているのだけれど。
なんか、こんなことがモノスゴーーーク、バカバカしくてしかたなく腹が立ってくる。和ちゃんが悪いのではないのだけど。

★11月23日
「和ちゃん、生きとるか?」
「ハイよ」
布団の中から、最近はこんなやりとりで一日が始まることが多い。
今午前10時。和ちゃんはデイサービスに。オレは風呂掃除を済ませて炬燵でパソコンに向かっている。静かだ。和ちゃんを送りだした時は“ホッ!!”とする。ただ、時間が経過してくると、デイサービスで楽しんでるかな? 等々、和ちゃんのことが気になってしまう。
PCで和ちゃんの写真を見る。オレが撮った写真はあまりホームページには掲載していないけれど、笑顔の写真が多い。オレの前では気取らない。上手い写真は撮れないけれど、笑顔はさらけだす。蜂谷師匠とオレが撮った写真を見ていると目頭が熱くなってくる。
正直、いつまでも元気でいて欲しい。
オレは素直に思う。アルツハイマーに効く薬ができないのなら、介護者が腹の立たない薬というものはできないものだろうか? と。
アルツハイマー病である以上、いつまでも今のような会話は成立しないだろう。だったら、せめてその間だけでも和ちゃんと笑っていたい。
オヤジの介護では失敗している。和ちゃんにはノビノビとアルツハイマーと共存してもらいたい。
和ちゃん、今を楽しんでるかなあ?

★11月24日
老人介護のサイトを検索していて、ある掲示板で以下の声を目にした。

●●メッセージ = 去年、母が要介護になりました。私は勤め先に相談して在宅で仕事をさせてもらえることになりましたが、予想を下回る月収になってしまいました。おまけに父の商売は借金だらけ。母のことを思うと外へ働きにいけず、お金の心配と、将来親に何かあったときに遠方に住む兄を頼れないという悲しさ、両親のために何もしてくれない兄への怒り、私自身の人生を犠牲にしている辛さで、夜も眠れない時があります。他所の家庭の皆さんはこのような悩みはないのだろうか、皆さんいったいどうしていらっしゃるのかと不思議でなりません。●●

“人生を犠牲にして”という言葉があるが、介護者なら誰でもが“共感”を感じつつ、“うしろめたさ”も添付している言葉だと思う。オレも恩着せがましく、和ちゃんに意地悪い言葉を投げかけること度々。
「スミマセン」
という和ちゃんの声。
オレはこの時、本当に自分が嫌になる。
和ちゃんが今、布団から起き出しお茶を口にしている。元気だ。そしてオレを見て微笑む。
和ちゃんはオレといる時が一番楽しいと言っているのに。大切にしなければ。

★11月25日
今日も、とりあえずコープへ出かけてきた。ポツポツと雨が降っていたものの、和ちゃんに問うと“行く”というので出掛けた。
コーヒーを飲みながら昔話を聞くと、和ちゃんはオヤジと結婚する前に二人の男性から求婚されていたらしい?
楽しそうに話す顔がたまらなくいい。
昼飯のうどんを食べてると、従姉妹の貴美子が自家栽培の花を持ってきてくれた。和ちゃんは、花が大好きなので本当にありがたい。しかし、花は高価すぎる。

★11月26日
今朝、和ちゃんはデイサービスに出る前にオレに隠れて自分の靴を磨いていた。“隠れて”と表現するのは妥当ではないかもしれないけど、和ちゃんはオレに言った。
「アッ!! 見つかった」
和ちゃんの右足の方の靴だけが剥げてきているのだ。一人、一生懸命磨いていた。でも、きれいにはならない。ブラシで擦れば擦るほどに剥げている箇所は拡大する。和ちゃんは良品の靴を買っていたらしく表面は皮作りで、色が剥げているのではなく皮が剥げているのだ。
それを、靴クリームも使用せずに磨いているものだから、なんともしがたい。
23.0センチ。和ちゃんが履く靴の寸法だ。小さい。この小さい足で踏ん張って生きている。ジイーーート靴を観察していると、
「和ちゃん。今までよう頑張ってきたのお!!」
とシミジミ思う。
今度、とはいっても近々にダイエーに行こう。3500円でいいのがあった。
「ありがとうございます」
と、和ちゃんは言うに違いない。和ちゃんの年金で買うのに。
和ちゃんはアルツハイマーになって、本当に人間が円くなった。最近、怒った顔を見ていない。
オレのような人間が言うのは不謹慎かもしれないけれど、和ちゃんは神仏に一歩接近したのかもしれない。
オレが小学生の時、中学から東京のT学園へコネ入学させようとした和ちゃん。そんなことは、もう和ちゃんは覚えていないけれど、あの頃は本当に恐く、凛としていた。
でもね、今はポーとしてるけど、今の和ちゃんの方が絶対にいい。

★11月27日

我ら人生六十から(鉄道唱歌)


我ら人生六十から 心もからだも元気にて
七十で迎えにきたならばー
ただいま留守だといいなさい

我ら人生六十から いつもニコニコほがらかで
八十で迎えにきたならばー
まだまだ早いといいなさい

我ら人生六十から 何も不足はありません
九十で迎えにきたならばー
そんなにせくなといいなさい

我ら人生六十から いつも感謝でくらします
百で迎えにきたならばー
頃みていくよといいなさい

今、和ちゃんはオレの隣で“我ら人生六十から”を練習している。字が小さいということで、眼鏡の箱を開けたらティッシュの固まりが出てきて大笑い。
今日は、コープからの帰路、この歌を二人ハミングしながら帰ってきた。
ところで、和ちゃんの通うデイサービス責任者の名字を鹿村さんというのだけれど、デイサービスに通いだして約3ヶ月。
「和ちゃん。牛窓の先生の名前、なんじゃったかなあ?」
コミュニケーションツールとして質問してるだけであって、答えられるとは思っていない。
ところがコープでコーヒーを飲んでいて、
「しか、しか、ウーーン? 鹿村さん」
いやあ、ビックリ仰天。明日になってしまうとどうなるかは分からないけれど、帰路にも質問するとちゃんと答えた。スゴイことだ。
ついでに蜂谷さんについても聞いた。
「あのカメラマンの人は?」
「喉まできとんじゃけどなあ。顔も目の前にあるんじやけど」
「チクッと刺して、蜜を作るのは?」
「蚊じゃないし?」
「蜜は蜂が作るんじゃがな。そしたら?」
「蜂谷さん! せえでも、あんたも苦労するなあ!!」
思わず、コーヒーを吹き出しそうになった。笑わせてくれる。
今日も元気だ。

★11月28日
昨日、以前お世話になった出版社より、一泊二日で取材に出られるか? と問い合わせがあった。自分の今置かれている立場を正直に話し断らざるえなかった。もっとも、その取材は新しく創刊しようとする本の一部で、人物紹介の欄もあるのでそちらで参加させてもらえる運びにはなりそうだけれど。しかし、複雑ではあるなあ。
今朝、和ちゃんは元気にデイサービスに出陣。最近は、不満を言わない。問うと、
「言うだけ無駄じゃもん」
これも複雑な心境にさせられる。まあ、以前より違和感はないらしい。
ただ、今朝は少々風邪気味だったような気もする。平熱が高い方なので和ちゃんの額に手を当てたものの判断がつかない。いろいろ着込んでいるので体温計を挟むのにも時間がかかるし、オレの平熱は普段、5度台だから。
元気で帰ってきて欲しい。