9月1日〜9月18日
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★9月1日
人間失格
介護者失格(この件については、後に記そう)
今日は、神経がかなり病んでいる。シンドイ。
とにかく、一晩、熟睡したい。

★9月2日
今日から、この日記で使用している一人称を“私”から“オレ”にする。文体もリラックス? したもので書き進めることにする。まあ、野田明宏流で書くということだ。今までの書き方では、いずれ挫折してしまう。さらには、その時期も早まるだろうし。
というのも、疲れているからだ。オヤジのときの介護とは質がかなり違う。
アルツハイマー恐るべし!!
やはり、昨晩も熟睡させてもらえなかった。和ちゃんはトイレに2度起きた。これはこれでいいことだ。トイレの感覚があり、トイレで用を足そうとする。
ただ、トイレの位置が分からなくなってしまっているようで、右へ左へ、部屋中をウロウロしている。こうなると、どうしてもオレも目が覚める。そして、トイレへ誘導するために身体を立ち上がらさなければならない。
で、どうもトイレットペーパーで拭いてる気配がない。本人は拭いていると言ってはいるのだけれど。2度目の時、この確認を忘れた。とにかく、用を足してるところを見届けなければならない。あそこからの感染症もあるようだし?
介護疲れというのは、カウンターパンチのようにジワジワと効いてくる。いや、違う。襲ってくるのだ。段々に溜まってくる。正直、今シンドイ。
そういえば、和ちゃんが昨晩言っていた。
「右と左はどっち?」
こうなると、トイレ誘導にも、言葉だけでは困難に違いない。昼間はそうでもないのだけれど。
このままだと、いつか、マジに切れるな!?
それとも、こちらが先にダウンするか?
今、読んでいるヤン・ソギルの、
『終わりのない始まり』という表現がピッタリのような気もする。
介護の場合、終わりは必ずあるのだけれど、今日が精一杯で、明日以降のことがあまり考えられない。余裕がないのだ。
それに、もし先にオレが倒れてしまったら? と思うと、和ちゃんが不憫でならない。
昨日、かなり叱ってしまった。先を考えると(多方面で)、どうしても注意が叱咤になり激怒となってしまう。一段落して、
「和ちゃん、ワシと一緒より、お年寄りが大勢いるところがええんじゃねんか?」
「………………………………」
「ワシとおっても、叱られるばあで楽しゅうねかろう?」
「いいや。そんなことねえよ。優しいときの方が多いが。私がしっかりせんから叱ってくれるんじゃが。誰も、私やこう叱ってくれんもん。頑張ります。よろしくお願いします」
和ちゃんはオレに頭を下げた。あの稟としていた気丈な母親が。そして後悔。
オレが和ちゃんの“息子”であるときから、もっと仲良くしていれば良かったなあ、と。
しかし、ふと思ったのだけれど、脳以外は以前と比較して好調のようで、血圧も安定しており、足腰も軽やかな気がしてならない。
ps
左右が分からなくなっている和ちゃんに、東西南北の方向を聞いたら、
「太陽は東から昇るから....」
と言って、方角を指さした。ビックリ!! アルツハイマーという闇は、闇ばかりではないのだろうか?

★9月3日
昨夜は、なんとか眠れた。2度トイレに起き、2度ともちゃんとトイレに向かった。2度目は、トイレの電気のスイッチが分からずそのまま入ろうとしたので、電気のスイッチは押しに行った。
3度目は、5時半頃で、もう起床時間。ただ、なかなか出てこないので声をかけると、中からウンコの声。5本、調子のいいのが出たそうでスッキリしたそうだ。
ところで夢を見た。夢といっても特別なモノではなかったと思うのだけれど、ただ、その夢を見ていて、そこにオレがいるのだけれど、後方から、スミマセンと声を掛けられ後ろを振り向いたところで目が覚めた。目が覚めたら、側にいる和ちゃんが童謡か唱歌? を眠りながらかなり大きな声で口ずさんでおり、慌てて和ちゃんを起こして歌うのを中止させた。
和ちゃんに尋ねた。
「夢でも見ゅったんか?」
嬉しそうな顔をして、また眠りの中に入っていった。
幸せか? と問われれば難しいところだけれど、とりあえず今のところ、和ちゃんは不幸ではないような気がする。

★9月4日
昨夕、そろそろ介護判定もでることだし、それに備えてとりあえずの行動を開始した。評判の良い、オレも1度取材に行ったことのある富山公民館近くにある“いろえんぴつ”に電話を入れてみた。
いろえんぴつは、デイサービスだけど、10人を定員とする小規模家族的雰囲気を感じる施設。施設といっても、一般家屋で、宅老所により近い。
ダメだった。定員の10人が目一杯入っており、空きがない。予約もイッパイで、いつ空きが出るか? は、いろえんぴつの方ではわからないと言う。確かにそれはそうだ。
出足は悪い。
とはいえ、小規模デイサービスを探さなければならない。数十人規模のデイサービスでは、和ちゃんが楽しめるか不安? 健生園デイサービスセンターの日笠さんからも、お母さんには小規模がいいですよ、とお好み焼きを食べながら忠告されている。アルツハイマー中期となれば、それが妥当だとオレも思う。
で、西大寺地区ではやはり健生園在宅介護支援センターの三木さんに頼るのが一番。この辺りの情報には強いと思い、今朝一番で電話。三木さんは電話相談中とかで、藤岡さんが対応してくれた。
本来ならば、操山の長谷川さんが筋なのだけれど、ここ西大寺となると健生園となってしまう。藤岡さんは丁寧に対応してくれた。確かに、岡山市内のデイサービスはどこでも、どういうタイプでもほとんど空きがなく、飛行機の空席待ち状態であることを教えてくれた。
ただ、牛窓に立ち上げたばかりのミニデイサービスの存在を教えてくれて、そことは気心が知れているとかで薦めてくれた。“ゆう倶楽部長浜”という名称。お礼を言って、直ぐに牛窓に電話。
とはいうものの、牛窓は岡山市ではなく邑久群牛窓町。エリア外でもOKだったか? 一抹の不安を抱えながらダイヤルを廻す。我が家は、アナログ黒電話。
気持ちのいい声に迎えられ、こちらの状況を話す。空きがあった。送迎もOK。そして、今日の午前中に訪問に来てくれると言う。ありがたい。
午前11時過ぎ、ゆう倶楽部長浜の管理者である鹿村明美さん来訪。和やかな雰囲気の中で和ちゃんと会話してくれ、明後日にとりあえず和ちゃんに遊びに行ってもらうことになった。
基本的にはエリア外ということなのだけれど、エリアのほとんど境界でもあり了解してくれた。
しかし、サインと印鑑が必要な文書が多い。

「指定通所介護」重要事項説明書
通所介護利用申込書
通所介護利用契約書
受診に関する意向調査について(これは印鑑の必要なし)

勉強不足だったのだけれど、介護保険は申請日に遡って1ヶ月が経過していると、判定結果が出ていなくても前倒しで使用できると鹿村さんが教えてくれた。
とにもかくにも、新たな一歩が踏み出された。あとは、和ちゃんの反応のみ?
和ちゃんも動く。
オンナは初対面の人に会うときは身だしなみが必要、とのことで、タンスからスカートを引き出す。
まあ、好きなようにしてくれていいのだけれど、そのスカートがどこにいったか? また探さないといけないことになるに違いない。いや、その行動自体を明後日には忘れているはずだ。

★9月5日
不思議? 昨日タンスからだしたスカートを今日、日干ししている。明日着ていくというブラウスも一緒に。この辺りの心のあり方は、いったいどうなってるのだろう。とはいえ、明日への混乱はあるみたいだ。
ところで昨日の夕食時、和ちゃんは面白いことをやっていた。空のコップから、お茶が入っているペットボトルへお茶を入れようと一生懸命になっていた。つまり、コップを逆さにしてペットボトルの口に押しつけているのだ。
こんな光景に、オレもかなり慣れてきた。
以前だったら、怒っていたと思う。

★9月6日
昨夜は普段より遅く眠ることになった。山陽新聞社会部記者の太田さんが夜、取材に来られていて、介護以外にも話しが弾み、我が家を出られたのが午後10時半頃だったと思う。
その後、和ちゃんを見に行くと、しっかり眠りに入っていた。
今朝、和ちゃんは、とうとうデイサービスに向かった。我が家にいるとおりの格好で、と何遍いっても聞かず、というより、その場では了解するにもかかわらず、結局、少しいい服に着替えて出ようとした。最終的には、普段着で出発していったのだけれど。
和ちゃんは、その時、小さなバックを持参していた。特別なモノは必要ないので確認してみると、財布の中に古い入れ歯。おカネの入ってない財布。傘。スカート。ハンカチ。ボールペン。
正しいような、正しくないような? これは持たずに行ってもらった。
出発して2時間、とりえず眠った。熟睡とはいかなかったけれど、和ちゃんのことを心配しないで眠ったのは久々だった。
今、午後3時。4時半には帰宅する。どんな声が聞けるか、期待と不安?

★9月7日
リバウンドが大きかった。
昨日、午後4時半過ぎ、和ちゃんはデイサービスから管理者の鹿村さんに連れられて帰ってきた。どうしているか少々不安を抱えて待っていたのだけれど、帰ってきた途端、台風の暴風圏にでも巻き込まれたかのような慌ただしさ。久々に、ゆっくりできたと思っていたのだけれど?
家がとても静かであり和ちゃんの一挙手一投足に目配りしなくていいという意味で。
ゆっくりできた。ということを、和ちゃんが帰宅してから再認識。
ところで、デイサービスに行った和ちゃんは、最初、向こうで37.5の熱があったそうで、血圧も160−95に上昇していたと鹿村さんから聞かされた。
熱に関しては、そういうケースは少なくないらしい。初めてからの不安で。血圧の方も同様なはずだ。林病院では200あったのだから。
和ちゃんも、それはそれで気を使っているのだと思う。オレと離れて、ミニデイサービスとはいえ、一人で初対面の人が何人もいるところへ乗り込んでいったわけだから。こんな経験は、今年になってから初めてなはず。行き帰りでの送迎の車中でのこともあるだろうし。車に乗ったのは、林病院に行ったとき以来だし。
ただ、鹿村さんが言うには、楽しくやっていたとのこと。こちらから迷惑をかけることはなかったらしい。
和ちゃんに聞いてみると、楽しかったとは答えるのだけれど、内心は家で気の向くままにしている方がいいようだ。
「明日も行ってみる?」
「明日はもうええは」
ということだったから。だからといって、これは折り合いをつけてもらわないとオレが参る。なんとか、デイサービスに慣れてもらって、周に2〜3回は行って欲しい。和ちゃんの性格からするとどうかな?
とりあえず、近々にゆう倶楽部長浜を見学してみよう。取材も兼ねて。
今朝、いいウンコが一つ出たと報告あり。しかし昨夜は疲れたのか、普段以上によく眠っていた。トイレで起こされることも1回だけで、オレも眠ったという実感がある。
こういう意味で、デイサービスの効果というのは大きい。目に見えないところで、効果的にカウンターとなって現れてくるのだ。
午前10時。これから和ちゃんと一緒に、明日のみそ汁の具である人参と大根を切ろう。一人でやった方がはるかに速いのだけれど。
赤穂線に乗って、岡山の繁華街にでも気晴らしに出かけようと思うのだけれど、身体が“ゆっくりしたい”と訴えている。岡山〜西大寺間の定期は、今回は赤字のようだ。

★9月8日
デイサービスで体温が高かったので昨日、とりえず和ちゃんの体温を計った。
13:00  37.1
16:00  36.8
19:30  36.6
電子体温計だけれど、水銀では少し低い様子だった。0.1〜2。

ゆう倶楽部長浜への連絡

ゆう倶楽部長浜さま
お世話になります。
特に変わったことというのはありませんが、やはりお葬式のイメージは強く残っているようで、今朝(9月8日)も、
「最近、人がよう死ぬなあ?」
「お葬式には行かんでえん?」
等々、度々質問してきました。まだ、ここと、そちらの状況が混乱しているようです。もっとも、混乱し続けるのでしょうけれど。
今はまだ、そちらに行きたくて仕方がない、という状況にはないようです。たぶん、母の性格もあると思うのですが、誰でも面従腹背の部分は抱えているとは思うのですが、母はそれが結構強かったように記憶しています。敵は作りませんが、特に初対面の人には本音は出せない人だと思っています。
痴呆が出だして、少々本音を語るようになってはいるみたいですが? 医師、ケアマネジャーさん達には。この辺りはよく分かりませんが、そちらでも気は使っているみたいです。気を使える姿勢がある、という能力が残存している方が母らしくていいのかもしれませんが、複雑なところです。
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。
で、体温を計ってみました。
7日
13:00  37.1
16:00  36.8
19:30  36.6
8日
 7:00  36.4
10:30  36.8
基礎体温は高いのかもしれません。本人は、頭の脳味噌以外は絶好調と言ってますから。血圧は、家では正常です。
野田明宏

PS
本人は、そちらの感想を、優しい人ばかりよ、と言っています。私には本音で話しますから、母の素直な感情なのだと確信しています。
で、母は自分が病気(アルツハイマーという単語も、こちらから言えば思い出します)であるということを、おぼろげながら認知している様子で、
「私の病気、もう治らんのかなあ?」
などと時々、問いかけてきます。特に、片づけモノなどで私に叱られた時などは。
「林病院のオンナの先生が言うたが。『牛窓のような優しい人たちと一緒に遊びょったら、直ぐには治らんけど少しづつ頭の調子もようなるよ』ゆうて」
と説明してあります。

★9月9日
今日は、デイサービス2回目となる日。和ちゃんは元気よく出発した。心配していたほど、違和感はないのかもしれない。出発前、和ちゃんは言った。
「向こう(牛窓)へ着くまでにウンコがはずんだらいけんから、ウンコをしてみらあ!」
ウンコは出なかったらしいのだけれど、なかなかの心掛け。なんか嬉しくなる。自分の今ある立場を振り返ってみると、少々滑稽か?
朝8時20分前後に、ゆう倶楽部長浜の鹿村さんが迎えにきてくれる。我が家へ送ってきてくれるのが夕方4時半前後。オレの全くフリーな時間というのは約8時間。
結構ありそうなのだけれど、やはり拘束されている。午後4時半には自宅に居なければならないから、遠くへは行けない。
それに、身体が疲れているので、その8時間を寝て過ごしたいという誘惑もある。というか、身体が動きたくないと叫んでいるのが自覚できる。今朝、和ちゃんが出て、とりあえず横になってウトウト。
ピロピロピロ。携帯の着信音。10時前。12日夜、オレの講演の件で電話が入る。そして、またウトウト。約1時間後。山陽新聞記者の太田さんより携帯へ。とりあえず、明後日11日午後4時頃に取材に来るとのこと。オレと和ちゃん、二人の取材だ。
昨夜、和ちゃんはトイレに4回起きた。スムーズにトイレには行ってくれたけど、その度にオレも目が覚めてしまうからキツイ。
さて、和ちゃんが帰宅した。いい表情だ。ただ、鹿村さんが言うには、緊張感がやはりあるようで血圧も上がり、微熱がでたとのこと。落ち着いた頃、午後にでも計測してもらわないといけない。帰宅すると問題はないから。
で、木曜日。12日に倉敷で講演しなければならない。午後7時〜9時まで。となると、オレが帰宅するのは11時になる。
どうも不安。夜一人にさせるのは恐い。
木曜日は、鹿村さんのところで夜もあずかってもらい、午後11時に連れて帰ってもらうことにした。ただし、介護保険は利かない。自腹だ。
午後4時〜8時までの1時間800円。
800×4時間=3200円
午後8時〜11までが1時間1000円
1000×3時間=3000円
3200円+3000円=6200円

嗚呼!! 6200円は正直、痛い!

★9月10日
最近、なんとか長閑な日々が続いているように思える。
昨夜、和ちゃんは2回しかトイレに行かなかった。9時頃より熟睡態勢に入り、深夜1時頃、オレがトイレに行きたくなって起きたところ、和ちゃんも目覚めてトイレに行った。
2回目は4時頃か? これも同様。たぶん、デイサービスで遊び疲れているのだと思う。とはいえ、トランプなどは好きではないと言う。我慢しながらやっているらしく、これはオレだけにしか言わないから他でいってはダメとも言う。
一橋出版発行で『痴呆性高齢者の在宅介護(馬場純子著)』を読んでいると興味深い内容が目に入った。

なぜ夜間に頻尿になるのか?
体力が落ちているので日中は尿をつくる力が弱い。夜間の安静時に腎臓が働き、尿をつくるため、トイレに通うことになる。

明日、山陽新聞の太田さんが写真を撮りにくる。今晩、和ちゃんの髪の毛を洗っておこう。

★9月11日
今朝、朝食後に和ちゃんがトイレに急いだ。トイレから出てきて
「ああ気持ち良かったわあ。こんなんが2本も出たんよ」
と言いながら、その1本の太さと長さを教えてくれる。結構けっこう。
とはいえ、昨夜は4回トイレに行った。ウーム。こちらはちょっとお疲れ気味。最初の1回目、トイレ場所を間違えそうになりオレも起きあがらなければならなかった。部屋は真っ暗ではなく豆球を灯しているのだけれど、トイレの裸電球も夜は灯すようにしなければならないかな?
今朝、和ちゃんは悩んでいた。墓石が倒されていると言う。先日、行ったというのだけれど、また混乱している。1日中、混乱してはいるけど。腰痛のため、ここ1年は行ってないのだから。
「夏前の草刈りのときは、ちゃんと建っとったで」
と説明すると、安心した様子。草刈りなんかに行ってはないのだけれど。

★9月12日
今日は和ちゃんに午後11迄、デイサービスで踏ん張ってもらう日だ。なぜ遅くまで残ってもらうかは、オレの友人の父親が亡くなってお通夜に参列するということで納得してもらった。まあ、元気に出発していったので、なんとかなると思う。ただ、なんか可愛そうな気がしてならない。晩ご飯はカレーライスとか。
とはいえ、今朝はなかなか調子が良かった。朝食後の歯磨きも、歯ブラシにチューブからだして磨いているし、霧吹きでやるように言ってあるミニ植木鉢には霧吹きで噴霧してるし、こちらまで嬉しくなる。
昨夕、山陽新聞の太田さんがきて写真を撮って帰った。和ちゃんは、なかなか期待通りのポーズをとり、太田さんも、
「ええのが撮れました」
と言い満足して帰社していった。敬老の日の特集で、紹介されるかな? 和ちゃんとオレとの二人一緒の写真が掲載されればいいなと素直に思う。
とりあえず、今、なんとか無事に過ごせている。
さて、午前9時。ひとまず眠りたい。
そうそう。昨夜はトイレの裸電球を点けっぱなしにしておいた。やはり、迷わずに行けた。

★9月13日
「今日は3回目ということで慣れられたのか、バイタルもよく落ち着いて過ごされました。朝夕2回の散歩もされ、花の水やりも手伝って下さいました。午前中は前回の続きの人形作りをされ、午後はカルタをされたりしました。21:00頃からウトウトされていました。前回は歯磨きを忘れていました。申し訳ございません。本日の昼食は魚のフライと野菜の煮物。夕食はカレーでした」
昨日、ゆう倶楽部長浜からの伝達にはこう書かれてある。心配していたのだけれど、段々にデイサービスにも慣れてきているみたいで、本人も、
「明日(9月14日)、あっち(ゆう倶楽部長浜)に行ってくれる?」
「ええよ」
という調子で、緊張感、嫌々等はなくなった様子。とりあえず、まずはデイサービスに行けるかどうか? が関門だったのでヤレヤレ一安心。来週は、火・木・土と行ってもらう予定。この内、1回は訪ねてみようと考えている。
しかし、和ちゃん昨夜は本格的な熟睡だった。午後11頃から眠り始めたのだけれど、トイレは一回のみ。それもスムーズにトイレに直行してくれ、今朝は6時近くまで眠っていた。やはり疲れたのだと思う。ただ、これだけしっかり眠ってくれるとオレも助かる。
デイサービスの効果だ。
昨日初めて、デイサービスでウンコをしたとのこと。
ノビノビ遠慮なく楽しんで欲しい。

★9月14日
今朝、午前8時20分過ぎ。和ちゃんは鹿村さんに手を繋いでもらい元気にデイサービスに出発した。今日で4日目。もう、違和感はないようだ。
和ちゃんは昨夜2度、トイレに行ったけれど、オレも2度行ったのかどうか? 記憶が定かでない。つまり、それだけスムーズに事が運んでいて、あまりオレを手こずらせてないということかもしれない。
起床、午前5時50分。良く眠れた。和ちゃんの行動も極めて良好なような気がする。
今朝は少々冷えた。天気予報をインターネットで検索すると、今日は28度までしか気温が上がらないらしい。となると、着せるモノにも気を使う。夏はTシャツ一枚でよかったけれど、これから服にも注意を払わなければならない。
ただし、和ちゃんはそれなりに秋モノも持ってるはずだと思うのだけれど、何処にしまってあるのか? というより今の状況だと隠してあるのか不明。そろそろ秋モノの服を探索する必要に迫られそうだ。
しかし、今朝和ちゃんが出てから悩んだ。岡山に出て、気晴らしなり本屋にでも寄ろうか? 図書館にも行きたいし。身体がそれを拒んだ。眠っていたい。
まだまだ、このリズムに慣れるのには時間が必要なのだろう。
あと2時間もすると和ちゃんが帰宅する。明日のみそ汁の用意もしたし、もう一度布団に潜ろう。

★9月15日
今日は敬老の日。
JR西大寺駅で山陽新聞を開くと、社会面トップでオレと和ちゃんの記事が掲載されている。昨夕、太田さんより掲載されることは知らされていたのだけれど、社会面のトップとは!! 驚いた。

高齢者問題取材する岡山の野田さん アルツハイマーの生活記録、公開へ
母の笑顔と 介護する自分 「孝行息子だけでなく、客観的に」

岡山市西大寺東のフリーライター野田明宏さん(46)が今夏、アルツハイマー病と診断された母との暮らしの記録を始め、年内にもホームページで公開する。「今ある母の笑顔を残したい」との思いとともに、高齢者・介護問題を追う取材者として「客観視する自分もつくっておきたい」と言う野田さんの“日常”を訪ねた。(太田隆之)

野田さんは一人息子。吉井川近くの借家で母の和子さん(76)と二人で暮らす。「あなたは親切な人」と他人扱いする和子さんを、野田さんも友達のように「和ちゃん」と呼ぶ。
和子さんに合わせ、午後九時過ぎに就寝し、午前五時起床。朝食はみそ汁をつくるが、和子さんができるのは野菜くずの処理ぐらい。炊飯器も使えない。風呂では和子さんの全身を洗うのが日課だ。
和子さんが中・後期のアルツハイマー病と診断されたのは七月末。二年前、冷蔵庫に包丁が入っていた時に「おかしい」とは思っていた。「四十年間、経理の仕事をし、りんとしていた母がアルツハイマーとは認めたくないというのがあったのかも。病気に周りが気づくのは発症二年後ぐらいと取材で聞いていたが、その通りになった」と振り返る。
大学卒業後、中近東や中米で政治・経済などをルポしていた野田さんは十一年前、父の病気を機に帰郷。三年間、母と介護したが、痴ほう症を併発した父が言うことを聞かず、介護疲れで思わず平手打ちしたことがあった。父の死後、その苦い思いを胸に介護現場を取材し、「介護する人々」などの著書がある。
熱帯夜が続いた今夏、熟睡する和子さんの傍らで、野田さんは眠れなかった。「再び、介護が取材対象から自分の生活そのものに戻ると、父の時の二の舞はしまいと心に誓ったのに『ええかげんにせえ』などと言葉の暴力が出始めている自分がいる」
病気と診断された日から撮り始めた和子さんの写真は四百枚を超えた。今後、デイサービスに通う様子などを交え、「和ちゃんと一緒に」のタイトルで日記風にホームページで公開する。
「今、少女のように純粋な心で笑顔を見せる母がどう壊れるか分からない。はいかいや失禁が始まると介護はもっと大変。孝行息子だけでは“臨界点”に来るのが早いだろうから、介護する自分を客観視しておかないと怖いというのが本音かな」。将来を悲観しがちな介護現場で、かつての甲子園球児は「伸び伸びアルツハイマー」を目指している。

いい思いでになった。
太田さん、ありがとう。
90歳を超す二人(実母・義母)の母を施設介護する安藤さんからもメール。
そして、看護婦をしている従姉妹の貴美子も訪ねてくれた。

★9月16日
今日も、和ちゃんとオレの間では穏やかな時間が過ぎている。トイレは、やはり夜間点灯していたほうがスコブルいい。今のところ、一直線に向かう。
ところで、昨日の新聞掲載でいくつかのメールが届いた。以前、取材で知り合い、現在はケアマネジャーとして介護職にあるMさんからのメールをそのままここに引っ張っておこう。
新聞にも、いずれHPにアップすると宣言もしたことだし。

野田 さま
大変ご無沙汰をしております。
その後いかがお過ごしでしょうか?
あれから仕事で相変わらず悪戦苦闘しており、 野田さん元気かなあ・・・?逢いたいなあ・・・と思っていたら
いきなり今日の新聞を見てびっくり!! 野田さんとお母さんが載っていました。
以前からお母様の事は聴いておりましたが、
頑張っておられるんですね・・・
ううん、頑張るとかそんな簡単な言葉じゃ当てはまらないですよね・・・
新聞に書いてある、文字と写真を見ていると、
何だが心に五寸釘を打たれたような気がしました。
在宅福祉の仕事をしているものの一人として、
本当に必要な事を 何もできない、
無力さを感じました。
申し訳なく・・・本当に申し訳なく思います。
でも 私にとって野田さんの存在は本当に不思議で、
斬新で、冷静で、客観的に物事を捉えることができて、
だからいつもお逢いしたあとは、
今の自分自身を考えさせられます。
大体いつもお逢いする時は、
自分自身行き詰まって苦しくて、歩き出せない状況の時が多いので、
野田さんにお逢いしていろんな話をすると、
なんとなく今の自分の位置がわかり、
また前を向いて歩いて行けることができる気がします。
うーん やっぱり野田さんはすごい!!
カウンセラーなのかなあ・・・野田さんって・・・
でもあまり無理しないで下さいね・・・
隙間や穴ばかりの介護保険制度だから、
家族の負担や苦労は大きいですが・・・
野田さんまで倒れないよう、体に気を付けて下さいね!

ということでした。ありがとうございました。

★9月17日
今朝、少々失敗した。
和ちゃんが、炊事場用の布巾で箸などの洗い物を拭いていた。
「なんしょうなら? 洗い物拭くんと炊事場用が違うゆうて何遍言やあわかるんなら。ええかげんにしっかりせえ。アホか?」
怒鳴ってしまった。
「お母さんが教えてくれんのじゃもん。なんでお母さん、おらんのじゃろ?」
和ちゃんが半分泣きながら訴えてきた。切ない。
とはいえ、デイサービスには元気に出発。鹿村さんが言うには、今日は定員イッパイの8人が訪れるとか。定員イッパイは初めてだそうで、そう説明されると、定員前に通うようになっていて良かったと思う。でも、8人の中で和ちゃんは大丈夫だろうか?
昨晩、“呆け老人をかかえる家族の会”のサイトでいろいろ検索していると、それぞれのアルツハイマー患者というのは、初期の頃にSOS発信をしているらしい。
確かに振り返ってみると、和ちゃんにもおかしな事はいろいろあった。中でも記憶に鮮烈なのが二つ。
一つは、警察署から電話があった。野田和子名義のカードが入っている財布をあずかっている、と。この日、和ちゃんは、
「買い物先のコープで財布を盗まれた?」
と警察から電話がある以前にオレには説明しており、しかし、警察署に親切な人が和ちゃんの財布を拾って届けてくれた、という事件があった。財布には3万円程が入っており、3千円をお礼として、書き留めで拾い主に送った。
二つ目は、岡山の駅前あたりの郵便局から電話があり、
「野田和子さん。?自動預け入れ機? に、1万円札を残して帰られませんでしたか?」
というものだった。
岡山から和ちゃんが帰宅早々に聞いてみると、
「機械の使い方が分からんようになったんで、そのまま帰った。そりゃあ良かった」
というふうに記憶している。
しかしなあ、他の事はほとんど間違いはなかったような気もするし。アルツハイマー早期発見と言われても極めて難しいと思う。

★9月18日
昨日のデイサービスからの報告。
「午前中は海岸を散歩し、貝殻を拾ってきて置物作りをされました。午後は牛窓在住の色鉛筆画の先生の指導による色鉛筆画教室に参加されました」
和ちゃんが、“ひまわり”のような絵を描いている。あまり絵は得意でないから、と言ってたわりには、そこそこ描けている。もっとも、周りの人たちがかなり手伝ってくれたに違いないのだけれど、和ちゃんの絵は、オレも生まれて初めて見る経験。
ただ、昨日は海へ行ったり、大勢の人に囲まれて緊張したのだろう。血圧が156−105と記されている。ただし、熱が35.8度というのはどうなのだろう? 平熱が高い和ちゃんがこんな熱だったのだろうか? 体温計を、上手く挟んでなかったのでは? 出かけには36.8度あったのだから。
今朝8時には36.9。午後4時には37.0。
今日は、林病院へ和ちゃんの血圧の薬をもらいに行ってきた。そして、操山在宅介護支援センターにより、要介護2の認定を受けた介護保険証を長谷川さんに渡す。ケアプランについては、デイサービスを火・木・土に入れてもらう。
その後、林病院から歩いて5分の距離にある在宅介護サービス(ホームヘルパー派遣等)・サルピスを訪ねる。10月21日、和ちゃんに林病院で診察を受けさせるため、サルピスの移動サービスを利用するためだ。
サルピスとは、取材を通じて介護保険開始時からの付き合いで、気心も知れており安心。介護保険が利用できるので、タクシーを利用するより段違いに格安。ホームヘルパー派遣の身体介護扱いになるらしく? ここは少し勉強してみよう。
和ちゃんは最近、困った時に笑いながらこんなことを口にする。
「私、アルツハイマーですから判らないんです」
“アルツハイマー”という言葉は忘れない。どうして?